はじめに
日本の街角で、公園のベンチや駅の裏手で見かけるホームレス状態にある人の姿。彼らに対して「だらしない人たち」「自己責任」という印象を持ってしまう方もいるのではないでしょうか。しかし、それぞれの背後には深刻な社会的背景や個人の事情が隠れています。近年、特に若者のホームレスが増加しているという報道もなされ、その実態と原因が社会問題としてクローズアップされています。しかし、多くの人々がこの問題についての詳細を知らないか、または見過ごしています。本記事では、ホームレスの現状、原因、そして未然に防ぐための対策について掘り下げていきましょう。
「ホームレス」の定義
日本では「ホームレス」のことを法的に「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」と定義しています。
平成14年施行:ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法
ホームレスの定義は、国や地域によって異なります。欧米諸国を中心にいくつかご紹介します。
アメリカ合衆国
アメリカの連邦法では、ホームレスは「一般的な居住用の場所に夜間寝泊りせず、公共または私有の場所での居住が法的に認められていない場所、あるいは機関的施設に仮滞在している人」などと定義されています。また、短期的なシェルターや遷移的な住宅に滞在している人もホームレスとされることがあります。
ヨーロッパ
ヨーロッパにおけるホームレスの定義は国ごとに異なることが多いですが、一般的には公共の場所や非適切な住宅に住む人々、シェルターや一時的な住宅に住む人々などを含んでいます。FEANTSA(ホームレスと共に活動する国民的アソシエーションヨーロッパ連盟)は、ホームレスのさまざまな状況をカテゴリ化するETHOS(European Typology of Homelessness and housing exclusion)という枠組みを提供しています。
オーストラリア
オーストラリアでは、「自身の寝室、リビング、キッチンとバスルームのある小さな賃貸アパート」を最低限の住宅の基準としており、これを下回る人々がホームレスと定義されています。これには、シェルターや安全ではない住宅に滞在している人、過密な住宅環境にある人、または家族や友人の家に一時的に滞在している人も含まれます。
日本のホームレス状態にある人々の実態
それでは次に、日本のホームレス状態にある人々の実態を統計情報をもとに見ていきましょう。
人数
2020年代初頭の時点で、公共の場所で生活するホームレスの人数は2000年代初頭と比べて減少傾向にありました。具体的な統計データとしては、2001年の全国のホームレス数は約2万4000人であったのに対し、2023年のデータでは約2788人となっています。
分布
図1【出典:ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果について】
ホームレスの人々は、特に都市部に集中しており、東京、大阪、福岡などの政令市例都市が特に多い地域として知られています。
東京:浅草や上野、新宿中央公園などの公園や、隅田川沿いの河川敷がホームレスの方々の生活場所として知られています。
大阪:大阪では、特に難波の南地区や釜ヶ崎(あいりん地区)に多くの日雇い労働者やホームレスの方々が集まっています。
福岡:福岡市内の公園や河川敷でホームレスの方々が生活している姿が見られます。
また、都市部ではネットカフェや24時間営業のマンガ喫茶で夜を過ごす「ネットカフェ難民」が増えているとの報告があります。
図2【出典:ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果について】
日本国内でホームレス状態にある人々が減った理由
上記のグラフを見ると、ホームレス状態にある人の人数は着実に減少していることが分かります。思いの外、減少傾向が続いていることに驚いた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
それでは、なぜ減ったのか背景についてご説明していきます。
ホームレス支援法の具体的取り組み
「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が2002年に施行された後、全国の市区町村はこの法律に基づきホームレスの自立支援事業を展開しました。以下のような具体的な事業が含まれていたことが特徴です。
一時的滞在施設の提供: ホームレスの人々が一時的に生活できる施設を設け、そこでの生活を基盤として次のステップへと進めるような支援。
生活相談: 専門のスタッフがホームレスの人々の悩みや問題を聞き、具体的な解決策を一緒に考える。
健康診断の実施: 体調不良や病気が進行してしまわないよう、定期的な健康診断の実施。
職業訓練: ホームレスの人々が就労できるように、さまざまな職種の訓練の提供。
就労の仲介: 就労希望者に対し、仕事の紹介や就職のサポートを実施。
公共の場の規制強化
多くの自治体で、公園や河川敷での野宿を制限するための条例やルールが設けられました。これにより、公共の場での生活が難しくなった一部のホームレスは、自治体の提供する支援施設や一時滞在施設へと移ることとなりました。
非営利団体(NPO)やボランティア団体の活動
日本全国で多くのNPOやボランティア団体がホームレス支援を行っています。これらの団体は、食事の提供、衣服の配布、生活相談、就労サポートなど、多岐にわたる活動を行っており、ホームレスの人々の自立を支援しています。
経済の回復
2000年代に入り、経済が徐々に回復する中で、一部のホームレスの人々が再び就労することが可能となりました。特に、建設業界などでの需要が増えたことが、日雇い労働者の増加につながったとされています。
これらの取り組みや背景が、ホームレスの人数減少の要因として挙げられます。ただし、ネットカフェ難民や隠れホームレスといった新たな問題も浮上しており、ホームレス問題の完全な解決にはまだ至っていないという認識が必要です。
ホームレス状態にある人々を取り巻く問題
日本国内でホームレス状態にある人の数が減っているとはいえ、ホームレス問題が解決されたわけではありません。実際にホームレス状態にある人々を取り巻く問題について、8つの観点からご紹介します。
健康問題
野外での生活は健康に悪影響をもたらします。例えば、寒さや雨にさらされると風邪を引きやすくなり、長い間、適切な食事を摂れないと体が弱ってきます。さらに、ストレスや不安から心の健康も害されることがあります。
安全の問題
公園や橋の下での生活は、盗難や暴力の被害に遭うリスクが高まります。また、冬の寒さで体調を崩すことも考えられます。
経済問題
仕事がないとお金を稼げません。そのため、食事をすることや、病気になった時の治療費を捻出するのが難しくなります。
社会的孤立
仲間や家族と疎遠になると、一人で悩みや困難を抱え込むことが増えます。人とのつながりがなくなると、心がさびしいだけでなく、困ったときに助けてもらえる人が減ってしまいます。
差別や偏見
ホームレスの人たちに対して、周りの人々がネガティブなイメージを持っていることがあります。このような見方をされると、新しい仕事を見つけたり、住居を確保するのが難しくなります。
アクセス制約
住所がないと、役所のサービスや病院の治療を受けるのが難しいことがあります。また、銀行の口座を開設したり、電話を契約するのも難しくなることがあります。
アルコール・薬物依存
悩みやストレスを忘れるためにアルコールや薬に頼ることが増えると、健康やお金の問題がさらに深刻化します。
住居の不安定さ
一時的に泊まれる場所があっても、長くは利用できない場合が多いです。そのため、安定した場所での生活を築くのが難しくなります。
これらの問題は、ホームレスの人々が日常生活を送る上での大きな障壁となっています。このような問題に直面することで、彼らの生活はさらに厳しくなりがちです。
ホームレス状態になる原因
ホームレス状態に陥る人々が抱える問題は一つ一つ異なりますが、その多くは共通の原因に起因しています。ここでは、ホームレス状態になる主な原因を分析していきます。
経済的な困難
長期の失業、借金、企業の倒産やリストラなどの結果として所得が減少し、持続的な低所得の状態や非正規雇用が続き、安定した生計を立てることができない場合があります。
家族との関係の断絶
家庭内のトラブルや離婚、家出などによる家族関係の断絶により生活の支えとなる家族からのサポートを受けられなくなる場合があります。
健康問題
精神的な問題やアルコール・薬物依存、長期にわたる病気やケガにより、働く能力が低下した時に必要な医療を受けられず、経済的にも健康的にも困難な状況に陥る場合があります。
住宅の問題
家賃の滞納や借地権の消失、火事などにより住居を失ってしまったり、高齢化に伴う単身世帯の増加や社会的な支援が不足していることから、住宅を確保することが難しくなる場合があります。
就労の困難
高齢化、スキルや経験の不足、健康上の問題などにより再就職が難しくなります。また非正規雇用の増加や経済の変動により、安定した就労が難しい場合があります。
社会的なつながりの喪失
人間関係のトラブルや孤立感が増加し、社会的なサポートを受けることが難しくなり、地域とのつながりや友人・知人との関係が希薄になることで、困難な状況に直面したときの支えがなくなる場合があります。
これらの原因は、個人の状況や背景によって異なる場合もあります。また、複数の原因が組み合わさってホームレス状態になるケースも多く見られます。
ホームレス状態にある若者の実態と原因
近年、特に都市部を中心に、若者のホームレスが増加しているという議論や報告がなされています。この若者ホームレスの実態と原因について、ご紹介していきます。
実態
ネカフェ難民
一時的に居場所としてネットカフェやマンガ喫茶を使用する若者が増えています。これらの場所は、安価で一晩を過ごすことができるため、住む場所を失った若者にとって選択肢となっています。
日雇い労働者
一部の若者は、日雇いの仕事を求めるために、労働者向けの集まる場所や施設に足を運んでいます。安定した収入がないため、住宅を維持することが困難になっています。
外見
若者ホームレスは、従来のホームレスとは異なり、他の同世代と同じような服装をしていることが多いため、一見してホームレスであるとは気づきにくい場合もあります。
原因
経済的困難
非正規雇用の増加や、低賃金、雇用の不安定さが背景にあります。若者の初任給や時給が低く、生計を立てるのが難しい場合があります。
家庭の問題
家庭内のトラブル、虐待、家族の経済的困難などにより、家を出るか、家から追い出されるケースが増えています。
社会とのつながりの喪失
学校を中退する、友人関係のトラブルなど、社会とのつながりを失うことで孤立し、生活困窮の状態になることがあります。
メンタルヘルスの問題
精神的な問題やうつ病、不安障害などのメンタルヘルスの問題により、正規の就労や生活が難しくなるケースも見られます。
住宅の問題
特に都市部では、家賃の高騰により、住む場所を確保することが難しくなっています。初めての独立生活でも家賃が高いため、安定した住まいを持つことが困難になる場合があります。
これらの原因は、若者一人ひとりの背景や環境によって異なり、多様性があります。若者のホームレス問題は、単なる経済的な問題だけではなく、社会全体の問題として捉えられる必要があります。
ホームレス状態からなぜ抜け出せないのか
ここまでホームレス状態にある人の実態、問題や原因について説明してきました。
そこで「ホームレス状態から抜け出すことは簡単なのではないか?」と思った方はいませんか?
非常に困難な状態ではあるのものの、「自分で努力して、その状態から抜け出すことはできないのだろうか?」と疑問に思った方もいらっしゃるかもしれません。
実際には表面化していない、多くの障壁が存在しているため、当事者の努力だけでホームレス状態から抜け出すのは難しいのが現状です。
このセクションでは、なぜホームレス状態から抜け出すことが難しいのか、その根本的な要因について探っていきます。
経済的障壁
多くの場合、ホームレス状態にある人々は、経済的な手段が非常に限られています。この状態で住宅を確保することは非常に難しく、また、住宅を確保したとしても、維持する費用が続かない場合が多いです。
偏見と差別
すでに触れたように、ホームレス状態にある人々は社会的な偏見と差別に直面しています。これが就労や住宅確保、さらには社会復帰において大きな障害となります。
スキルと教育の不足
長期間ホームレス状態にあると、専門的なスキルや教育が疎かになり、これが再就職のハードルを高くします。
メンタルヘルスの問題
ストレスや精神的な健康問題が、ホームレス状態から抜け出すエネルギーと意欲を奪います。状態が悪化すると、自らの未来に対する希望を失い、積極的な行動がとれなくなる場合もあります。
システムの不備
生活保護や福祉サービスが不十分だったり、アクセスが難しかったりする場合、ホームレス状態から抜け出すための支援が不足しています。
社会的ネットワークの喪失
家族や友人とのつながりが弱まることで、社会的なサポートが減少します。このような状態では、一人で問題を解決するのは一層困難です。
ホームレス状態から抜け出すためには、これらの要因が組み合わさって作り出す「負のスパイラル」を断ち切る必要があります。そのためには、個々の問題だけでなく、全体としての改善が求められます。次の章では、この厳しい状況をどのように解決するか、具体的な解決策について考察していきます。
ホームレス状態にある人々への生活保護
ホームレス状態から抜け出すための方法として「生活保護制度」を思い浮かべた方は多いのではないでしょうか。確かに、日本において生活保護制度は、生計を立てることが困難な人々に対して経済的な援助を提供する制度です。しかし、ホームレス状態の人々がこの制度を利用しない、あるいは利用できていない現状があります。その背景には下記のような複数の理由があります。
情報の不足
まず、生活保護の制度や申請方法、受給資格に関する情報が十分に伝わっていない場合があります。特にホームレスの状態にある人々は、情報収集の機会が限られていることもあります。
複雑な申請手続き
生活保護を申請するには、所定の手続きや書類提出が必要です。ホームレスの状態では、必要な書類をそろえるのが難しかったり、手続き自体が複雑であったりするが故に申請を諦めることがあります。
生活保護の受給基準
生活保護の受給資格には、所得や資産の基準があります。一部のホームレスの人々は、資産を持っているものの、流動性がなく即座に換金できないため、受給資格が認められないこともあります。
生活保護受給のスティグマ
生活保護受給者に対する偏見や先入観が一部に存在します。これにより、生活保護を受給することに抵抗感を持つ人もいます。
固定住所の不足
生活保護を受けるためには、原則として固定の住所が必要です。ホームレス状態の人々は、固定の住所がないため、この要件を満たせないことがあります。
自治体の対応の差
生活保護の受給審査や支給額などは、自治体によって差があります。一部の自治体では、ホームレスの人々へのサポートが積極的に行われている一方で、対応が消極的な自治体も存在します。
自立の意識
一部のホームレスの人々は、自らの力で生計を立てることを望んでおり、公的な援助を頼りたくないという意識を持っていることもあります。
これらの要因が複雑に絡み合うことにより、ホームレスの状態にある人々が生活保護制度を利用しない、あるいは利用できない背景が存在します。
ホームレス状態にある人々への支援
ホームレス問題に対する総合的な解決策として、生活保護だけでなく、多種多様な支援が必要です。ホームレス状態にある人々に対してどのような支援が行われているのか、また、それがどれだけ効果的であるのかをご紹介します。
食事と衣服の提供
緊急性の高い支援として、ボランティア団体や地域コミュニティが食事や衣服を提供する活動があります。これは即効性があり、体力の維持を助ける重要な支援です。
シェルター・一時収容施設
ホームレス状態にある人々に対して、一時的にでも安全な場所を提供することが重要です。シェルターや一時収容施設はそのような役割を果たします。
職業訓練と職探し
ホームレス状態から脱出するためには、持続可能な収入源が必要です。職業訓練プログラムや就職支援が行われています。
医療・心理ケア
ホームレス状態にある人々は、多くの場合、健康状態も不安定です。医療サービスの提供、特に緊急時の医療や心理的サポートが必要です。
アドボカシーと啓発活動
ホームレス状態にある人々の人権を守るためには、政策提言や啓発活動も重要です。これによって、社会全体の認識と対策が進む可能性があります。
融資と金融支援
短期的な金融支援や、事業を始めるための融資制度も一定の効果があります。ただし、これには適切なケースマネジメントとフォローアップが必要です。
教育とスキル向上
教育は長期的な自立につながる重要な要素です。教育プログラムやスキル向上の機会を提供することで、将来的に自立しやすくなります。
ホームレス状態にある人々への支援は多岐にわたり、それぞれが連携して機能することが最も効果的です。
ホームレス状態を未然に防ぐための対策
それでは最後に、そもそもホームレス状態を未然に防ぐための対策はあるのか考えていきましょう。
ホームレス状態を未然に防ぐための対策は、多岐にわたる原因を考慮した上で、様々な手段を組み合わせて行う必要があります。ホームレスの予防策として考えられる具体的な対策をいくつかご紹介します。
安全な低所得者向け住宅の提供
社会的住宅や低所得者向けの公営住宅を増やす。
家賃補助や家賃保証制度を導入する。
雇用の安定化と賃金の改善
非正規雇用の安定化や正規雇用の増加を促進する。
最低賃金の引き上げや労働条件の改善を推進する。
情報提供と相談窓口の設置
生活困窮者やリスクを抱える人々向けの情報提供や相談窓口を広く設置する。
早期発見・早期対応のための体制を強化する。
教育と職業訓練
職業訓練や再就職をサポートするプログラムを充実させる。
無職の状態からの復帰支援やキャリアカウンセリングを提供する。
メンタルヘルスのサポート
精神的健康のサポートやカウンセリングにアクセスしやすくする。
社会的孤立を予防するためのコミュニティ活動や支援を促進する。
家族との関係のサポート
家庭内暴力や虐待を未然に防ぐためのサポートを強化する。
家庭の困難を乗り越えるためのカウンセリングや支援を提供する。
生活保護や福祉サービスのアクセス改善
生活保護の申請手続きの簡素化や啓発活動を強化する。
福祉サービスの利用を容易にし、周知を促進する。
地域社会の関与
地域住民やNPO、ボランティアとの連携を強化し、共同での支援体制を構築する。
ホームレス予防の啓発活動や教育を行う。
これらの対策は、個別の原因や背景に応じて適切に組み合わせることで、ホームレスの予防や減少に繋がるでしょう。国や自治体、民間団体との連携も重要となります。
おわりに
ホームレス問題は、日本社会で生活を営む一人ひとりの人間の尊厳と、生活の質に関わる重要なテーマです。ホームレス状態になる背景や原因は多岐にわたり、単一の解決策で対処することは非常に困難です。彼らや社会の実態を理解し、問題の解決には社会全体で取り組むことが求められています。彼らを単なる「街の風景」として見過ごすのではなく、一人の人間として尊重し、その背後にある問題や状況を考えることが必要です。私たち一人一人がこの問題に対する認識を深め、社会的な支援や制度の充実を求める声を大きくしていくことで、ホームレス問題の改善に繋げていきましょう。