はじめに
現在、日本の教育現場において、教員不足に紐づく「教育の質の低下」が嘆かれています。しかし、これらは個々人の努力や知識に依存する問題ではありません。その背後には、教員自身で解決するのが非常に困難な「労働環境」の大きな課題が隠されているのです。
今の日本の教員の働き方には、多くの課題が存在し、その課題の解決が急がれています。教育者である教員の課題は、被教育者である子どもたちへダイレクトに影響を及ぼします。本来であれば、日本の未来を担う子どもたちにポジティブな影響を与えるべき教師が、過酷な労働環境によって疲弊してしまっていては、十分にその役割を果たすことができません。
本記事では、日本の教員の現状、多忙化の原因、働き方改革の目的、海外との比較、改革が進まない原因、そして成功事例について、詳しく探っていきます。
教員の現状を正しく理解することで、教育現場の課題を「先生たちの課題」ではなく、「私たちの課題」と捉え、解決の糸口を知ることができるでしょう。ぜひ最後までご一読いただき、教員の労働課題について一緒に学んでいきましょう。
日本の教員の働き方 現状
長時間労働: 日本の教員は、通常の授業準備や教育活動だけでなく、試験監督、生徒指導、部活動の指導、保護者との連絡、学習支援、学外活動の参加など、さまざまな業務を担当しています。これにより、平均的な教員の労働時間は非常に長く、週末も仕事に追われることが珍しくありません。子どもたちが長期休み中であっても、教員研修などによって平常時と近しい勤務時間となり、結果として長時間労働につながっている現状があります。長時間労働は、教員の身体的、精神的な健康に悪影響を及ぼす要因の一つとなっており、過労死の危険性が高まるほどだと言われています。文部科学省により公開された2022年度の教員勤務実態調査の結果(速報値)によると、過労死ラインを超えて週60時間働く中学校教諭の割合は36%を超えているという現状が明らかになっています。
多種多忙な業務: 教員の仕事は授業を行うだけではありません。学校内外で発生する業務は多岐に渡ります。授業が終わって放課後の時間になっても、生徒の学業成績や進路指導、生徒の問題行動への指導、実習生の対応、保護者との面談などに追われます。また、近年では発達障害を抱える子どもや、外国につながる子ども、家庭環境に悩む子どもなど、子どもたちが抱える問題が多様化、複雑化しており、その解決に向けて関係各所との連携を行う必要が出てきます。子どもたちが健やかに学ぶために、必要不可欠な支援ではありつつも、これらの問題を担任が一人で抱え込み、際限なく進めて行くと、業務内容が増大するばかりで減ることはなく、多忙な毎日を過ごすことになってしまうのです。教員は子どもが好きな方、子どもの成長を願ったり、教育が好きで教職を志望した人が多いと考えられます。真面目な人も多い中で、「子どものために」という気持ちから、自分を犠牲にしてまで子ども達のために働き続けるという、上記のような過剰労働につながる側面があるのです。
評価と報酬の不均衡: 日本の教員の給与は、残念ながら他の高度な専門職に比べて相対的に低いとされています。教師になるためには教員免許の取得が必須とされており、課程認定校(教員免許が取得できる課程のある大学)において、必要な単位を取得し、教育実習などの現場での実習など全ての条件をクリアした上で得ることができる免許です。教育のプロフェッショナルであるにもかかわらず、それに見合う報酬が得られていないことは、教職の魅力を半減させる原因にもなってしまいます。さらに、教員の給与は経験や資格に応じて上昇する仕組みですが、これにより若手教員の報酬が低い傾向があります。最新のICT教育などを大学で勉強して来てはいるものの、未だ年功序列な給与体系が根強く残るために、優秀な人材が企業に流れてしまう、という悪循環が生まれています。また、教員の業績評価や昇進に関するプロセスは複雑で、透明性に欠けることがあります。教職において、会社のように数値で測れる業績や成長目標を設定することは非常に困難だとされています。教員の評価は授業の質、研究活動、学校への貢献度など多くの要素に基づいて行われますが、これらの評価基準が明確でない場合、公平な評価が難しくなります。
教員のストレス: 文部科学省の調査によると、2021年度にうつ病など精神疾患を理由に休職した公立小中高・特別支援学校の教職員は5897人であることが明らかになっています。これは、前年度より694人多く、全教員のうち0.64%にも及ぶという数字です。精神疾患の休職者はこの15年ほど5000人前後と、高い数字を維持しており、2021年に最高値を記録したということになります。
担任制度によって、教師一人当たりが担任する生徒数が決まっている場合が多いため、自分の担当学級の児童生徒の問題を他の同僚や上司に伝え、ヘルプを求めることが難しい環境にあります。課題が共有しにくい環境のせいで、教員間の連帯感を減少させ、問題を一人で抱え込んでしまう教師が増えるなど、働く環境がより悪化する悪循環も見られます。また、教員が直面する問題や改革の提案が、政府や教育機関によって適切に反映されないこともあります。教員の意見や経験が政策決定に活かされないことが、教育現場の改善を妨げており、そのフラストレーションによって悩みを抱える教員も多く存在しています。そして、教育政策やカリキュラムの変更は頻繁に行われるため、教員は新たな要求に追いつくために時間とエネルギーを費やさなければなりません。この常に変化する状況が、教員の安定感を損なっていると考えることもできるでしょう。また、教員は生徒の教育だけでなく、生徒の精神的なサポートも担当しており、時には問題行動や学業不振に関連するストレスや悩みを受け止める役割も果たします。子どもたちが抱える課題も様々で、勉強の相談から、友達・家族との関係性にストレスを感じている子どもと話をしたり、いじめ、LGBTQのカミングアウトなど、通常業務を行いながら、カウンセラーのような役割を求められることもあります。また、相談をしに来る子どもたちに寄り添いたい気持ちは山々なのに、他の業務に追われて十分な時間が取れないことが本人のストレスになることもあるでしょう。様々な負担が重なることで、教員自身も精神的ストレスを感じることが多いと言われています。
教員の多忙化の原因・理由
教員の働き方には、多くの課題がありますが、そのほとんどは多忙化に起因するものではないかと思えます。では、なぜ多忙化した教員の仕事を減らしたり、分散させたりすることが難しいのでしょうか。
主な要因は次のとおりです。
カリキュラムの充実と多様化: 教育の質向上を図るために、多様なカリキュラムや教育プログラムの提供が求められています。これは生徒の多様なニーズに対応するために重要ですが、同時に教員の負担を増加させているという事実も知っておかなければなりません。各科目やプログラムに合わせた教材の開発、教育計画の立案、授業の個別化などが必要で、それぞれに時間とエネルギーを費やすことになります。最近ではプログラミング教育、体育の教科の中に「ダンス」の授業を組み込むなど、時代に合わせた変化が起こっている良い面もありますが、反対に不要なカリキュラムを取り除くということを行わない限り、業務負担が増えるばかりです。
クラスサイズの増加: 生徒数の増加に対して、教員の配置数が増加していない場合、クラスサイズが大きくなり、教員の個別指導や生徒のフォローアップが難しくなります。大規模なクラスでは、生徒への適切なサポートが難しく、教員の労力が分散されてしまいます。
教育改革の要求と政策変更: 政府や教育機関からの教育改革の要求が高まり、新しい指導要領や評価制度の導入が行われています。これに伴い、教員は新しい教育方針やカリキュラムへの対応、評価方法の変更、データ収集と分析などの業務が増加し、多忙化の原因となっています。また、これらの変更は教員の専門知識やスキルの更新を必要とするため、時間とエネルギーを費やすことになります。
多岐にわたる業務負担: 教員は授業以外にも多くの業務を担当しています。試験の監督、学校行事の企画・実施、部活動の指導、生徒指導、保護者との連絡、学習支援、教育委員会や学校運営に関する業務など、多岐にわたります。これらの業務は教員の時間とエネルギーを分散させ、多忙さを引き起こします。
時間外労働とワークロード: 教員の多くは、授業外の時間にも業務を行います。採点、生徒の相談、学習サポート、研究活動などが含まれ、これらの業務は通常の勤務時間外に行われるため、長時間労働となり、ストレスの原因となります。
教育環境の変化: テクノロジーの進化や社会の変化により、教育環境も変化しています。オンライン教育や情報技術の活用、留学生との国際交流など、新たな要素が教育に組み込まれ、教員はこれらに対応するための時間とスキルを必要とします。今まで紙で管理していたものがペーパーレスになることで業務の改善が見込めることもありますが、それを推進するための
教員の働き方改革をする目的
以上のとおり、日本の教員の労働環境には課題が山積みです。それでも、教員は日本の未来を担う子どもたちを育成するという大切な使命を背負った仕事です。教員の働き方改革をすべき理由は言うまでもありませんが、当然、急速に対応することが求められています。
教員の教育の質向上: 教員の労働環境を改善し、彼らの仕事により集中できるようにすることで、教育の質を向上させることができるでしょう。教員がストレスや過度な業務負担から解放され、生徒へのより質の高い教育を提供できるよう支援する必要があります。
教員の健康保持: 長時間労働や多忙な業務による教員の健康問題を軽減し、教育現場の安定を図ります。教員の心身の健康を維持し、休息を確保することで、教育への情熱を維持し、長期的な教育キャリアを支えます。
教員のワークライフバランス: 教員のワークライフバランスを改善し、仕事と家庭生活の両立を支援します。家庭や個人の生活との調和を図り、教員が仕事に満足し、より持続可能なキャリアを築くための基盤を整えます。
教員志望者の増加: 近年、教員の労働環境に関するネガティブな報道や社会的な認識が広まっており、教職を志す人が減少しています。教育現場での長時間労働やストレス、報酬不足などが教員志望者を敬遠させているのだと示唆されます。質の高い教育を提供し、教育環境を改善するため、優秀な教員の確保が重要視されています。
教員の働き方改革が進まない原因
現状の課題が明らかで、課題を解決すべき理由も分かっていながら、働き改革が円滑に進んでいかないのには様々な原因・背景が存在します。
予算不足: 教育予算の不足が、教員の給与改善や労働環境の整備を難しくしています。教育予算が不足すると、教員への給与の増加や教育施設の整備、教育プログラムの充実などが制約され、働き方改革への資源が不足してしまいます。結果として、教育現場の環境改善が困難になるという状況です。
教育政策の変化: 教育政策が頻繁に変化し、新たな要求事項が追加されることが、教員に対する負担増加の要因となっています。教育制度の安定性が確保されていないため、教員は新しい要求事項への対応や教育プログラムの変更に追われ、現行の業務負担が増えている状況にあります。政策の安定性がないため、教育改革の計画や戦略の策定が難しく、教育現場への変革が進まない原因となっています。
教育委員会の運営: 教育委員会や地方自治体における運営体制における問題や煩雑さも、教員の働き方改革を遅らせています。意思決定プロセスの複雑さや効率の低さが問題視され、教育現場への方針の伝達や実行が遅れることがあります。また、地方ごとに教育政策や運営体制が異なるため、統一的なアプローチが難しく、教育現場への変革が遅々として進まない現状が存在します。
より効果的な改革を進めるためには、予算の見直し、教育政策の安定性確保、教育委員会の効率化などが必要です。教育現場の改善に向けて、政府、地方自治体、教育機関、教員組合などの協力が重要とされています。
教員の働き方の海外との比較
日本の教員の働き方は、海外の一部の国と比較しても特有の要素があります。以下3つの観点が日本と海外の教員の働き方に関する大きな違いだと考えられます。
日本の教員の特徴:
①長時間労働: 日本の教員は多くの国と比較して長時間労働を強いられており、週末や休暇にも仕事がついて回ります。授業準備、採点、生徒指導、学校行事など、教員の業務は非常に多岐にわたり、時間外労働が一般的です。
②報酬: 日本の教員の給与は他の職種に比べて低く、これが人材不足の一因となっています。報酬の不均衡が教育現場の課題となっており、教員のモチベーション低下につながることがあります。
③教育制度: 日本の教育制度やカリキュラムの特徴により、教員の業務内容も異なります。教育改革の要求やカリキュラムの多様性が、教員の多忙さに影響を与えています。
海外の一部の国との比較:
フィンランド: フィンランドは教育制度が高く評価されており、教員の働き方も特徴的です。教員は比較的短い授業時間で、生徒との直接の接触時間が少ない代わりに、教育に関する専門的な開発や計画に多くの時間を費やします。教育委員会や学校のカリキュラムを柔軟に適用し、教員のプロフェッショナリズムを尊重しています。日本の教員とは異なり、フィンランドの教育は授業を行う部分に特化していることがわかります。
アメリカ: アメリカでは州ごとに教育制度や教員の労働条件が異なります。一般的にアメリカの公立学校の教員は、授業時間外に授業の準備、評価、学習指導以外の活動などを行います。給与や労働条件は地域や学区によって大きく異なり、教員の組合が影響力を持つこともあります。
スウェーデン: スウェーデンでは、教員は比較的長い夏休みを取ることが一般的で、年間の労働時間は他の職業に比べて少ない傾向があります。1日の授業数が長い代わりに、休日が多いため長期休暇が取りやすいのだそうです。教育制度は地方自治体によって管理され、地域によって異なる教育方針や給与体系が存在しています。これにより、教員の柔軟性が試され、学校内部や自治体内の共同により児童生徒に最適な教育を届けることができます。
シンガポール: シンガポールの教員は高い専門性が求められ、高い教育水準を持っています。教員は生徒指導や評価、学校運営に加えて、継続的な専門的な研修を受けることが一般的です。また、シンガポールの教員組合は労働条件や給与交渉に影響を与えています。
これらの比較から分かるように、教員の働き方は国によって大きく異なります。日本国内でも一部の自治体や学校で、教員の働き方改革が試行されており、国際的なベストプラクティスを参考にしながら、より魅力的で持続可能な教育環境の構築が求められています。
教員の働き方改革 各国の事例
世界中で教員の働き方改革が進行中であり、成功事例も存在します。以下に、いくつかの事例を紹介します。
フィンランド: フィンランドは教育制度で高い評価を受けており、教員の働き方にも注力しています。教員は比較的短い労働時間で高い給与を受け取り、教育政策の安定性があります。教育の質が高く、教員の働きがいがあるため、多くの人が教員としてのキャリアを選びます。
シンガポール: シンガポールは教育分野において高い競争がある国ですが、教員の働き方も充実しています。教員は専門的な研修とキャリアプランを提供され、職業評価と給与が高い水準で維持されています。
カナダ: カナダでは教育省と教育労組が連携し、教員の労働環境改善に取り組んでいます。教員のワークライフバランスを尊重し、ストレスを軽減するプログラムを実施しており、教育現場の安定に寄与しています。
日本国内: 日本国内でも一部の地域において、教員の働き方改革が試行されています。例えば、業務の効率化やICT(情報通信技術)の活用によって、教員の業務負担を軽減し、授業の質を向上させる取り組みが行われています。熊本市教育委員会では、「ICTを活用した働き方改革事例集」を発布し地域を巻き込んで校務の効率化を推し進めている。熊本県では毎年、公立学校における働き方改革推進プランの検証を行い、着実にICTの導入が進んでいることが分かっています。これに伴い、今後教員の働き方改革がスピードを上げて取り組まれていくことが期待されます。
熊本県の公立学校における 働き方改革推進プラン検証報告書 【令和4年度(2022年度)対象】https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/226943.pdf
また、行政、民間を問わず、教員の働き方改革を目的とした団体も立ち上がっています。TEPRO(https://www.tepro.or.jp/)は、都内公立学校を多角的に支援する全国初の団体です。教員以外の人材を安定的に校内に確保する機能や、教員のサポート、学校の事務センター機能を果たす役割をしています。個人や企業、他団体から「サポーター」を募り、人材が不足している教育委員会や学校に派遣するというマッチングする機能を運営している団体です。人材不足が嘆かれている教育現場に、適切に人員を配置することができれば、教師の労働環境が改善され、より充実した教育を子どもたちに届けることができるでしょう。
おわりに
本記事では、日本の教員の働き方に関する課題と働き方改革の必要性について詳しく紹介をしてきました。教員の長時間労働や多忙な業務、人材不足などの様々な問題点が浮き彫りになった反面、他国の事例から学べることも多くあるように感じます。
教員の働き方改革の目的は、教員の健康保持、ワークライフバランスの実現で、それによる教育の質向上が最終的な目的となります。これらを達成するためには各機関の協力や保護者、地域の住民など教育に関わる全ての方の意識が大切になってくるでしょう。
実際、日本国内でも教員の働き方改革が着実に進行中であり、業務効率化やICTの活用によって改善が見られています。教育現場の安定と教員のモチベーション向上を実現するために、継続的な取り組みが求められます。教育の未来をより良くするために、教員の働き方改革は不可欠なステップと言えるでしょう。
そして、最後に、日本の教員は本当に辛いことばかりの仕事なのだろうかという問いには、ぜひ立ち止まって考えていただきたいものです。労働環境の改善は何よりも求められるべき課題ですが、教員という職業は未来を切り拓く子どもたちと直接的に関わり、彼らの成長をそばで見守ることができる、素晴らしい職業であることも偽りのない事実です。教職の課題、魅力の両方を理解する優秀な教育者が日本の教育をリードしていくことこそが、未来の優秀な人材を生み出します。新たな時代の担い手によって多くの社会課題が解決されて行く、そんな大きなムーブメントの一歩になるでしょう。