はじめに
皆さんは、日本における待機児童問題が、多くの家庭にとって切実な課題となっていることをご存知でしょうか。保育園や幼稚園に入園したいと思っていても、様々な理由により希望するタイミングで、希望する園に入園することができない子どもたちが存在しています。一言で「待機児童」と言ってもその背景は様々であり、待機児童になってしまう原因もまた多様です。
この記事では、待機児童問題に関する現状を詳しく解説し、その影響や解決に向けた取り組みを紹介しています。待機児童に関わる問題を理解し、その現状や原因、国や自治体の取り組みについて考察することは、我々社会の一員としての責任でもあります。現在子育てをされている方も、そうでない方も、他人事ではなく私たちの課題(Our Issues)として待機児童に関わる社会問題を理解し、解決のための糸口を一緒に探っていきましょう。
待機児童の定義
正式には待機児童を「保育所等利用待機児童」といい、厚生労働省による定義は次の通りです。「調査日時点において、保育の必要性の認定( 2号又は3号) がされ、特定教育・保育施設(認定子ども園の幼稚園機能部分及び幼稚園を除く。 以下同じ。 ) 又は特定地域型保育事業の利用の申込がされているが、利用していないものを把握すること」(厚生労働省2016)
すなわち、保育所や認定子ども園などの入所を希望しているにも関わらず、施設の定員不足や地域における供給不足などの理由で入所できず、入所待ちの状態となっている児童のことを指していると言えます。
保育所や認定子ども園の入所を希望する人たちは、保護者の仕事の関係や、子どもの知育、発育の観点などの理由があって入園を希望しています。待機児童に関わる問題があるということは、日本の子どもたちが適切な教育環境にアクセスできない、深刻な社会課題が起こっているということなのです。
待機児童問題の現状
では、具体的に日本の待機児童数はどのように変化しているのか、データを元に現状を把握していきましょう。
待機児童に関するデータ
【出典:「保育所等関連状況取りまとめ(令和4年4月1日)」|厚生労働省子ども家庭局 保育課】
赤い棒グラフを見ると、令和4年の待機児童数は2,944人で、前年比で2,690人もの減少がありました。2017年(平成29年)以来、最も待機児童が多かった時期から見ても、待機児童数は約9分の1にまで減少していることから、大きな進歩であることが言えます。これに伴い、待機児童のいる市区町村数も前年から60も減少し、252市区町村となりました。100人以上の待機児童がいる市区町村数は1減少して3市となり、100人以上減少した自治体は西宮市(130人減)、筑紫野市(106人減)の2市となりました。待機児童数の減少に伴い、保育利用率も上昇を続けています。
待機児童の減少は一歩前進と言えるものの、解消されていない地域も多く存在しています。引き続き地域ごとの状況を詳細に把握し、保育環境の整備に向けた努力が求められています。
下記のグラフは2022年の厚生労働省の調査に基づいて作成された、保育所等利用児童数等の推移を表したものです。
【出典:「保育所等関連状況取りまとめ(令和4年4月1日)」|厚生労働省子ども家庭局 保育課】
保育所等利用定員の増加
令和4年における保育所等の利用定員は約304万人で、前年比で2.7万人増加しています。この増加は、保育施設の収容能力を向上させるための積極的な取り組みが行われた結果だと言えます。保育所等の整備により、収容定員が増加し、これによってより多くの子どもたちに保育サービスを受ける機会が提供されています。
保育所等を利用する児童数の減少
一方で、令和4年における保育所等を実際に利用する児童の数は273万人となっており、前年比で1.2万人減少しています。この減少は、待機児童問題の解消に向けた積極的な取り組みや、新しい保育サービスの提供により、保護者がより適切で利便性の高い保育環境に子どもを入園させるために待機しているために発生していると考えられます。
データの背景
このようなデータが出ているのは、下記のような背景が考えられます。
保育所等の利用定員の増加
政策的取り組み:日本政府は待機児童問題を解消するための取り組みとして、保育所の増設や既存施設の収容能力を拡大する政策を推進してきました。この結果、利用定員が増加している。
地域のニーズ:一部の地域での待機児童問題が深刻であるため、特定の地域での保育所の増設が進められた可能性があります。
保育所等を利用する児童数の減少
新しい保育サービス:より質の高い保育サービスや施設の提供が増え、保護者がそのような施設を選ぶために一時的に待機する選択をしている可能性があります。
人口動態:日本の低出生率により、一部の地域で保育を必要とする児童の数自体が減少している可能性も考えられます。
待機児童数の大幅な減少
施策の成果:上記の保育所増設や定員増加の取り組みが実を結び、多くの待機児童が保育施設に入所できるようになった結果と言えるでしょう。
地域別の取り組み:一部の自治体が積極的な取り組みを行い、特に待機児童が多かった自治体での大幅な減少がこの統計に影響している可能性があります。
待機児童が存在する市区町村数の減少
- 地域間格差の縮小:待機児童問題を解消するための取り組みが全国的に行われ、地域間での待機児童数の格差が縮小してきた可能性が考えられます。
家庭の対応策
「入園を希望していた保育園から受け入れができないと言われた。」
待機児童問題が完全に解決には至っていない現状において、このような状況は親がいつ直面してもおかしくありません。当事者はこの問題にどのように対処してるのか、主な方法を下記にまとめました。
二次募集に応募する
通学可能な範囲内で実施される認可の保育施設において、二次募集が実施される場合、その機会に応募することを真剣に検討します。これは、通常の一次募集に応募しても入所が難しかった場合や、転居等の変更があった際に再度の入園機会を追求する手段となります。入園の可能性を広げるため、詳細な情報を確認し、適切なタイミングで応募手続きを進めましょう。
別の預け先を探す
認可外の保育施設などを検討することで、4月からの代替手段を見つけることができます。特に、自治体が助成する認可外の保育施設(認証保育所)には、早期に申し込むことが重要です。
認可保育園と認可外の保育施設の主な違いは以下の通りです。
認可保育園:
政府や地方自治体からの法的な認可を受けて運営されています。認可を受けるには、一定の基準や規定をクリアする必要があります。認可を受けているため、基本的な保育の質が高く、子どもたちの安全や健康面についても特に管理が徹底されています。自治体の助成金や補助金が適用され、比較的低い保育料で提供される場合があります。定員や受け入れ条件が設定されているため、需要が高い地域では入園難易度が高いことがあります。
認可外保育園:
認可を受けずに運営されているため、認可保育園と比較して一定の基準を満たす必要がありません。規模や運営方針によっては、認可保育園よりも自由度が高い一方、基準の差が生じることがあります。保護者は、各園の具体的な運営方針や安全対策を確認する必要があります。料金体系は個々の園により異なります。自治体の助成金などの恩恵を受けられないため、料金が高めになることがあります。定員や受け入れ条件が柔軟で、運営母体の方針によります。
待機児童が深刻な地域では、認可の結果待ちであっても、早急な行動が必要です。可能な限り多くの選択肢を検討し、子どもにとって最適な環境を見つけることが求められます。
ベビーシッターを利用する
ベビーシッターは、子どもを自宅でケアするサービスで、子どもの年齢にかかわらず利用することが可能です。ベビーシッターはマンツーマンでのケアを提供することができるため、親子ともに安心感があるサービスと言えます。ベビーシッターのサービスは通常、時間単位での課金が行われ、料金は地域やベビーシッターの経験によって異なります。条件や料金について十分に確認し、自分の生活スタイルに合ったベビーシッターサービスを適切に利用することができると、待機児童の期間中でも安心して過ごせるのではないかと思われます。
また、ベビーシッターの信頼性確保のために、過去の経歴や行動に関する調査が行われたり、他の親がそのベビーシッターに対して行った評価やレビューを確認できる場合があるので、安全性について不安がある方は信頼できるサービスを提供している会社などを比較検討するのも良いかも知れません。
企業主導型保育を利用する
企業主導型保育は、企業が従業員向けに提供する保育施設です。一部の施設は地域の子どもも受け入れており、認可保育園に入園できなかった場合に検討する価値があります。これにより、企業の助成を受けつつ、近くの保育施設に子どもを預けることが可能です。企業の保育制度について詳細を確認し、利用の可否や手続きについて把握しておきましょう。
復職延期を検討する
育児休業を延長できる法律を利用して、復職を延期するという選択肢も存在します。この場合、法的な手続きや条件に基づいて、復職の延期を検討します。これにより、より充実した保育環境を見つけるまでの期間を確保し、焦らずに子育てに専念できる場合があります。しかし、雇用契約や企業方針に影響を与える可能性があるため、慎重に検討することが重要です。
全体の数字を見ると待機児童の数自体は減少し続けており、家庭が取れる対策も様々な種類があることから、待機児童に関わる問題も時間と共に解消されると思う方もいらっしゃるかも知れません。しかし、保育サービスを利用する際のお金の問題は各家庭にとって深刻な問題であり、また待機児童数として数字に表れているものだけが事実ではないということを、私たちは知っていなければなりません。続いてのトピックは、「隠れ待機児童」についてです。
待機児童にカウントされない「隠れ待機児童」
待機児童に関する社会課題の解消も目前、と思いきや、そうではありません。私たちが焦点を当てなければならないのは、希望する保育園や幼稚園に現在入園できていない子どもやその家族の実態です。
待機児童問題は、その表面に見える数字だけでは正確な姿をとらえることが難しい複雑な課題です。なぜなら、待機児童として発表されている人数の中には、隠れた一群が含まれていないからです。それは『保留児童』と呼ばれる子どもたちです。保留児童とは保育所に入所を希望しているにも関わらず、「様々な条件により」入所できていない子どもたちを指します。保留児童と待機児童の特徴を下記に示します。
保留児童:保育所に入所を希望していて、入所要件にも該当しているが、入所できていない子ども全体を指す。
待機児童:保留児童の中から、一定の条件(例: 保護者が育休中・求職活動を休止している、特定の施設のみを希望している、他の保育サービスを利用しているなど)に該当するケースを除外した子どもを指す。
保留児童とは、保育所に入所を希望しており、入所要件にも該当しているにも関わらず、入所できていない子ども全体を指す言葉です。つまり、保留児童の中から、一定の条件を満たすケースを除外した子どもが、待機児童と定義されるのです。そのため、子どもの保育園の入所時間が保護者の始業時刻より遅い場合、朝の開園時間が遅く仕事に間に合わないなど、望ましい特定の保育園を選んで待機しているケースなどは、待機児童としてカウントされません。そうした保留児童の数を含めると、待機児童の数はもっと大きくなるのです。
横浜市で、全国で初めて行われた保留児童に関する調査によると、以下のような傾向が見られることが分かりました。
【出典:経験×データで待機児童対策のその先へ~保留児童対策タスクフォースによるデータ分析結果~|横浜市子ども青少年局保育対策課】
保留児童の多くは1、2歳児である
保留児童の約7割は1、2歳児であり、平均希望園数も1、2歳児が多く、幼稚園等も選択できる4、5歳児は特に少ない傾向にあります。駅から遠い場所に居住する方や、きょうだいが既に保育園に在園の方など「希望した園の選択に影響する個別要因」が見られる方々も、その該当者の多くが1、2歳児であることがわかります。
入所のランクが低い方の割合が4割
短時間就労者や求職者など入所のランクが低い方が、保留児童の約4割を占め、この
うち約半分は求職者だということが分かっています。短時間就労者や内定者は申請園数が多く、横浜保育室など他の保育サービスを利用している割合が高い傾向にあります。
保留児童という概念を理解することで、待機児童問題が抱える多様性と複雑性が浮き彫りになります。これは単なる数値だけではなく、個々の家庭や子どもたちが抱える様々な事情を考慮する必要があることを示唆しています。待機児童問題の解決に向けては、隠れた保留児童の存在も見逃さず、包括的かつ個別に対応することが求められるでしょう。
待機児童問題の原因
日本における待機児童問題は、複雑な要因が絡み合った結果であると考えられます。保育所等の定員増加や待機児童数の減少が見られる一方で、依然として深刻な地域も存在します。この問題の原因を深掘りしてみましょう。
受け入れ施設の不足
待機児童問題の主因の一つである施設不足は、特に都市部でその深刻度を増しています。人口増加と同時に進む少子化は、保育施設や幼稚園の需要を急激に増加させ、既存の施設や適切なスタッフの配置が追いついていない実態が浮き彫りになっています。待機児童の存在は、子どもたちが十分な保育環境にアクセスできないことを意味し、これは親たちにとっても大きなストレスの源となっています。
費用の負担と経済的課題
保育費の高騰は、待機児童問題をさらに深刻にしています。高額な保育料は多くの親にとって財政的な負担であり、特に低所得層の家庭にとっては大きなハードルとなっています。経済的な制約があるため、一部の親は保育施設を利用することを躊躇し、これが待機児童数の増加に拍車をかけています。その上、待機児童問題が解決されない限り、保育料の引き上げは難しく、悪循環が続いています。
働く親の困難両立とストレス
待機児童問題は、働く親たちの仕事と子育ての両立を極めて難しくしています。保育施設が不足しているため、親たちは子どもを預ける場所を見つけるのに苦労し、一部は仕事を辞めざるを得ない状況に追い込まれています。さらに、待機児童が解消されず、保育施設の選択肢が限られているため、働く親たちのストレスは日増しに増大しています。この問題は、単なる待機児童数の増加だけでなく、社会全体に影響を与えている深刻な構造的な問題であると言えます。
総合的に見ると、待機児童問題は単なる保育施設不足だけでなく、費用の負担や働く親への支援不足といった複合的な要因がからみ合って発生していると言えます。
待機児童問題に対する取り組み
国の取り組み
国が待機児童問題に対して取り組む姿勢は、社会全体の未来において重要な位置を占めています。子どもたちが適切な保育環境で成長できるようにすることは、国家の基盤を築く上で欠かせない要素となっています。そこで、国がこの問題にどのように立ち向かっているのか、その取り組みに焦点を当ててみましょう。
保育ニーズの増加への対応
女性の就業率の上昇や保育所等の申込率の増加が顕著になる中、保育ニーズが再び増加する可能性に備え、対策を講じるとしています。
また、将来的には労働時間の延長や働くスタイルの変化が見込まれることから、これらの行動変容にも柔軟かつ適切に対応していくことが重要視されています。社会の変遷に合わせ、保育サービスの提供や運営体制を最適化し、労働者が安心して働き続けるための環境整備を目指されます。
「新子育て安心プラン」に基づく支援
「新子育て安心プラン」は、約14万人分の保育の受け皿を 2021年度から2024度末までの4年間で整備する計画のことです。女性の就業率の上昇にも対応し、待機児童の解消と女性の就業支援を同時に進めます。
1.地域の特性に応じた支援:地域ごとの保育ニーズに柔軟に対応するための支援策の提供や、待機児童の状況や受け皿の不足に応じた細やかな支援を展開していきます。また、保育所や認定子ども園の運営・施設整備に必要な資金の補助率を増加させることで、保育環境の整備をより促進させます。
2.魅力向上を通じた保育士の確保:魅力的な職場環境を提供することで保育士の確保を促進していきます。保育補助者の雇用を推進し、働き方改革支援コンサルタントによるアドバイスを提供します。保育士の離職防止や保育所等の勤務環境の改善を図るため、支援員が保育所等を巡回する巡回支援を強化します。
3.地域のあらゆる子育て資源の活用:地域のあらゆる子育て資源を活用する施策を進めていきます。地域のリソースを活かし、保育ニーズに柔軟に対応するための取り組みや、幼稚園の空きスペースを活用し、小規模保育の利用定員を増加させる取り組みなどを進めていきます。また、ベビーシッターや育児休業の取得促進などさまざまな子育て資源を活用する施策を推進します。
今後も保育環境の整備や経済的支援の拡充など、様々な方面からのサポートが求められます。
民間団体の取り組み
日本の待機児童問題の解消に向けては、国だけでなく民間のNPOや市民団体も取り組みを行っています。ここでは、保育や子育てに関する問題解決に取り組んでいる認定NPO法人「フローレンス」の取り組みをご紹介します。
2016年、社会的に大きな反響を呼んだ「保育園落ちた日本死ね」という叫びが起きた時、待機児童問題は子育て世代の大きな悩みとして広く認識されました。フローレンスは、この問題を真正面から捉え、その解決のための独自のアプローチを打ち出してきました。
日本の保育所制度には、20人以上の定員がないと新しい保育所として認可されないという制約がありました。このため、都市部では土地の問題などから新しい保育所を作るのが難しく、待機児童問題が深刻化していました。
フローレンスは、この困難を乗り越えるための新しいモデルとして「小規模保育所」の提案を行いました。具体的には、都心部の空き物件を利用して、0〜2歳児を対象とした定員19名以下の保育園「おうち保育園」を2010年に立ち上げました。
その結果、この小規模な保育所モデルは、2012年に「小規模認可保育所」として国策化されることとなりました。更には、このモデルを採用した保育園が2016年には全国で2,429園に急増。これにより、多くの子供たちが保育の場を得ることができ、待機児童問題の一部が解消されました。
フローレンスの取り組みは、単なる問題解決にとどまらず、より良い子育て環境を実現するための方向性も示唆しています。彼らは、「ポスト待機児童時代」として、保育園が子育て家庭のセーフティーネットとして機能するような仕組みの導入を提言しています。
このように、フローレンスは問題解決のための新しい視点の提供と独自の取り組みで、社会全体の子育て支援に大きな一石を投じていると言えます。
(フローレンスHP:https://florence.or.jp/solution/)
おわりに
待機児童問題は単なる数字上の問題ではなく、我々の社会において複雑で多様な課題をもたらしています。保育環境の整備や経済的支援の拡充など、様々な方面からのサポートが求められる中、我々は子どもたちの未来を担う一員として、地域社会と共に協力し、解決への道を模索していく必要があります。問題の解決は容易ではありませんが、現在取り組みが進んでいる地域も多くあることも事実です。
まずは現状について深く理解し、柔軟で包括的なアプローチを取り、少しずつでも前進していくことが、将来の子どもたちにとってより良い未来を築く第一歩となるでしょう。子どもたちが安心して成長できる社会を築き、子育て世代の不安を取り除くことで、地域の若いエネルギーが街に活気をもたらすことにもつながるでしょう。
引用・参考
保育所等利用待機児童の定義|厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/0000140763.pdf
新子育て安心プランとは?子育て安心プラントの違いや保育士への影響|マイナビ保育士
https://hoiku.mynavi.jp/contents/hoikurashi/childminder/knowledge/16016/
事業内容:解決したい問題|認定NPO法人フローレンス